脳梗塞からの復帰

入院13日目 病院の領収書

3時頃、母が病院の領収書を持って帰ってきた。
4月28日から4月30日までの分で5万円ちょっと。

金額を目にして息が詰まる。3日で5万・・・。
「最初の方、たくさん処置してくれたからね」
と母は言うが、3日で5万ということは30日で50万はかかる計算だ。

「これって保険効いてこの値段なの?」
「そうよ。でも高額医療で1ヶ月に7万円超えたら戻ってくるのよ。で、うちは4月に別の病院に1週間検査入院して10万使ってるでしょ?あわせて15万やから、7万くらい返ってくると思うわ」

早速インターネットで調べてみた。
母が言うように健康保険の適用が効く医療で高額になる場合は、1ヶ月に7万円までは自己負担で、後は払い戻されるそうだ。また、一年の内、4ヶ月目以降の自己負担額は40,200円になる。

高額医療の自己負担額 72,300円+(医療費-241,000円)×1%

「この前パパが電話で聞いた時は自動的に払い戻されるって言っててんけどねえ。会社が全部自動的に手続きしてくれるみたいよ。ほら、保険で支払ったデータが向こうにちゃんと行ってるから」
「一応電話で確認しておいた方がいいね」 「うん」

病院に行くまでの間に、脳梗塞になる前に送受信していた父のメールをプリントアウトする。雇用保険の延長や、傷病手当金の請求方法、年金・健康保険の住所変更など。会社の同僚で脊髄をやられた人に雇用保険や年金について相談しているメールの中に、足の痛みのことで、父がかなり落ち込んでいたのが分かる文章があった。意外だった。

そういえばちょうどその頃、父の態度が信じられないくらいに優しくなっていった。メールと几帳面に整理されていたフォルダの書類とを見比べて、どの書類を請求していて、どの書類を出す予定だったのかを調べる。父が神経の細かい几帳面な性格なので助かった。提出に必要な書類はすべて揃っているみたいだ。何かあっても母と僕がちゃんと対処できるように整理していたのだろうか。


病室に行くと父以外誰もいなかった。
「叔母さんは?」
無表情。
「帰ったの?」
首をぶんぶんと横に振る。

しばらくしてから足音が聞こえて叔母さんがやって来た。
「体拭いたの?」
テーブルにのっかっていた濡れたタオルを目で示して訊いた。
「うん、体拭いてね、あと足も揉んであげたわ。なるべく体を起こしといた方がいいみたいやね」
「起こすって、ベッドに座らせるって事?」
「ううん、ベッドを起こすだけでいいみたい。それだけでも違うんやて」

夕食、昨日と同じメニュー。重湯と味噌汁といかるが牛乳。
昨日と同じように、まずは重湯から飲み始める。
「おいしい?あ、味噌汁の美味しそうな匂いするわ」

右半分が麻痺している為に、飲むと、少しこぼす。こぼす度にティッシュで拭ってやる。
「タオルおいといたほうがええなあ」

重湯を飲み終わり、味噌汁に取りかかる。底の方に溜まっているのでスプーンでかき混ぜてやる。リハビリになるからなるべく自分でやらせた方がいいのだが、やって欲しいみたいな目をしていた。味噌汁が終わるといかるが牛乳へ。ストロー自分で取らせようかなと思い、ワザとスプーンを洗ってほったらかしにしておく。

スプーンを洗い終わって振り返ると、紙パックと格闘している父が顔を真っ赤にしていた。今にも怒鳴りつけそうな顔で僕を見る。やばいなぁと思い、ほとんど取れかけていたストローの袋を取って、慌てて袋を千切り、パックに挿して差し出した。

すべて飲み終わって腕時計を見るとちょうど20分経っていた。40代くらいの看護婦さんがやってきて、錠剤を3錠飲ませた。プラスチックの食器とトレイを持って行ってくれた。優しい看護婦さんだ。

昨日と同じように歯を磨かせる。左の奥歯を少し磨いてから歯ブラシを口から取り出す。「あ」と声を出して歯ブラシを見る。少し血が付いている。
「血が付いてるね」
ああ、と頷いてまた歯を磨き始める。

夕食後は昨日みたいに痛がることはなかった。さっき飲んだ錠剤が効いてるのだろうか。
今日はもう大丈夫そうだったので早めに切り上げてきた。
「じゃあ、お大事に」と言って別れた。