入院11日目 苛立ちが見られる
とりあえず山を越えた。
漫画を読みながら父のベッドに付き添う。
「気分どう?」と聞くと、おぼつかなげに親指と人差し指で丸を作って「OK」という仕草をする。
また父が指を鍵がたにして何かを訴える。
「何?カーテン?窓?」
首を振るうちに父の機嫌が悪くなってくる。
「看護婦さん?」
「違う!」
拳に力を入れて体を起こそうとする。殴りかかろうとするときの姿勢だ。
「ベッドあげて欲しいの?」
「違うんや!」
今度は唇を思い切り噛み締めて僕を足蹴にしようとした。もちろん体が思うように動かないから空回りだがその仕草だけで昔の恐怖が蘇ってきた。
「点滴?」
「そうやぁ!」
見ると二つぶら下がっている点滴の内の小さい方が減っている。一日の量が決まっていて、おそらく交換はない。要するに指の鍵は「ナースセンターに行って点滴がなくなったのを言ってこい」と言っているのだ。
「看護婦さんが全部やってくれるよ。点滴の量決まってるんやから」
それでも「はよせい!」という感じで何度も指で鍵を作ってナースセンターのある方を唇を噛みしめ剥き出しにした目を血走らせて指し示す。
「看護婦さん呼んで欲しいんやな?」
「はよぉ行けやあ!」
「すみません、看護婦さんを呼んで欲しいと喚いてて」
「あ、ハイ、すぐに伺います」
看護婦がベッドに来たときには父はすっかり穏やかになっていた。点滴の流れる量を調整してから看護婦さんは去った。
動かない方の指をほぐそうとすると、手を払いのける。横になっているときに背中をさすろうとしても「あああ!!」と苛立たしげに唸って払いのける。
看病する気がなくなった。今までやる気満々で、父がこんな状態なんだから俺がやらなくっちゃと生き生きしてたのに、何でここにいるんだろうなという気分になって体が重くなった。帰るに帰れない。関係を修復しないことには病室から出られない。脳のどこかがポッカリ欠けてしまったような感じがして、眠くなってきた。