脳梗塞からの復帰

発症当日 緊急入院

朝、母に呼ばれて一階に下りると、 リビングの奥の椅子に座ってる父の足が内向きにぐにゃっとなっていた。

話しかけても言葉が出ない。眠そうに目をつぶっている。ふと目を開けるが、表情はうつろで首を左右にゆっくりと揺らす。まるで舵の壊れた船のように首が不規則に動いている。両足は内股でぐにゃっとなったままだ。両の手はだらんと垂れている。こちらの問いかけに全く答えられない。電話で救急車を呼び、しばらくして救急隊員達がやってくる。隊員が父を呼ぶと、腕時計で時間を確認しようとしたり、首を斜め後ろに曲げて窓の外を見ようとしたりする。

救急車で市立B病院に運ばれ、緊急処置を施される。B病院には脳梗塞治療の設備が整っていないので、昨日まで入院していたA大学医学部付属病院に転院を申し入れるが、そんな名前の担当医はいないとの事で断られる。結果、隣町の県立C病院に緊急入院。

午後5時に病院へ。病室の入り口すぐの所に父がベッドに寝ていた。 左の腕に点滴が打たれている。右半分の腕と脚は完全に麻痺している。

話しかけると「うぅ」と相づちを打つ。 半開きの瞼から見える目が半分上を向いていて苦しそうだけれど、 姪が来ると、首を突き出して必死で顔を上げ、 目を見開いておどけて見せ、姪に答えようとする(実際にはおどけているようには見えない)。 姪が家に遊びに来たときにはいつもその仕草をしていた。 茶目っ気は残っているみたいだから意識はしっかりしてるんだろう。 ただ、表情が戻ってこない。喜怒哀楽を表情で表せないみたいだ。目がとろんとしている。 朝、目が覚めたときの眠気が残っている状態に似ている。

親族は休憩室と病室を往復。姪が来る度に父はその仕草をする。大丈夫だろうと思ったけど、医師によると、どんなに良く回復しても後遺症は残るそうだ。一週間は様子を見ないと分からない。

看護婦が話しかけながらタオルを父の手に渡す。父は嫌がって僕に渡した。僕に顔を拭いて欲しかったのだろうか。僕が拭こうとすると、父の手にタオルが戻り、自分で拭いていた。ちゃんと拭けている。ちゃんと拭けるじゃな~い、と看護婦が言ったら、父が少し笑ったような表情をした。唇が少しだけ笑っているように見えた。

何度も動く方の手で白髪頭を掻き上げる。まるで癖みたいだ。あと、腕時計を見る仕草もする。腕には腕時計は巻いていない。動く左の腕には点滴が打ってある。点滴のある方も首をひねって見上げようとする。

最後に「そろそろ帰る」「また来るから」「ゆっくり休んで」と声をかけて手を握ると、「うぅっ」と言って目を見開き、力強く握り返してくれた。